先日(4月15日)の
オンライン古事記塾での気づき
講座ではテキストとして
『新釈古事記伝』(全7巻)を使っている。
毎回、受講生がテキストを順に
声を出して読んでいく。
昨日から2冊目のテキスト
『盞結(うきゆい)』に入った。
古事記の本は
とにかく漢字が難しくて読めない。
特に神様の名前は長いし、
同じ神様が名前を変えて出てくる。
正直なところ、ちんぷんかんぷんなのだ。
私は2016年に新潟古事記塾に入ったので
かれこれ学び始めて6年になる。
『盞結』を学ぶのは2回目なのに
すっかり忘れている。
私の順番が回ってきた。
本を読むのではなく
「書き下し文」を解釈してみてください
と言われた。
「原文」は漢字だけ。
「書き下し文」はひらがなも混ざっているけれど
現代文ではないので、とても読めない。
みんなが先生に助けてもらいながら読む。
その読むこともやっとの「書き下し文」を
解釈する。
現代の言葉で言うなんてムリムリ
前回やったのは、すでに5年前。
記憶にない。
案の定、私の番になり
まったくできなかった。
私にとっては
日本語なのに、英語より難しい。
今回の古事記塾ではテキストに入る前に
「面白がる」
ということについて先生が話してくださった。
学ぶことは遊ぶこと
学ぶことを楽しんで、面白がりましょう。
今ここを生きることを面白がりましょう。
難しいことを面白がると楽しくなってくる。
「面白い」の「面」は
「顔」や「神」という意味
魂が喜んでキラキラしているから、
顔が白くなる
なるほど。
私は今回
この難しい「書き下し文」の解釈に挑戦して
全然できなかったけれど
面白かった。
不思議と面白がることができた。
先生が
「できなくてもいい、助けてあげますから」
と言ってくれていたので
安心して「できない」を体験できたのだと思う。
とても新鮮だった。
できないことも
難しいことも
面白がると楽しいんだなぁ。
この感覚、覚えておこうっと。